2009年6月15日月曜日

ノアは続く!小橋が潮崎が三沢魂継承誓った

 主役なきリングに最後の三沢コールが響いた。13日に試合中の事故で亡くなった三沢光晴さん(享年46)が社長を務めていたプロレスリング・ノアは14日、博多大会を予定どおり開催した。会場の博多スターレーンは2600人の観衆で超満員となり、三沢さんを追悼する試合前の10カウントでは選手もファンも涙。選手は三沢さんの遺志を継ぐように激しい試合を繰り広げた。また、広島県警は頭部を強打した三沢さんの死因を頸椎離断(けいついりだん)と発表した。 【試合結果】  超満員の館内の誰もが泣いていた。博多大会の試合前に行われた10カウントのセレモニー。リング上には三沢さんの遺影を手にしたノアの百田光雄副社長、小橋、田上、小川、リング下には出場全選手が並んだ。カウントの間、歯を食いしばって涙を流す選手たち。場内からはすすり泣きの声が漏れた。三沢さんの入場曲「スパルタンX」が鳴り響くと、最後の「三沢コール」。もう一度、リングに姿を見せてくれ――。かなわぬ願いと知りながら、ファンは涙ながらに絶叫し続けた。 三沢さんは13日の広島大会の試合中、相手選手の岩石落とし(バックドロップ)を受けて頭部を強打。搬送された広島市内の病院で死亡が確認された。一夜明けたこの日午前9時55分、遺体が安置された広島市内の病院にはノアの選手全員が集合。小橋、秋山らが最後のお別れをした。10時30分すぎ、遺体を乗せた車が都内へ向けて出発すると、選手たちはすぐに博多へと向かった。 創設時からノアを引っ張ってきた社長の急死。この日の博多大会は中止になってもおかしくなかった。しかし、百田副社長は「満身創痍(い)でもリングに上がる三沢社長の遺志を継ぐ上でも決行すべき。いろんなところで、いろんな人が楽しみにしている」と話し、22日まで予定されている今回のツアーの続行を決めた。選手たちも、いつも以上に激しい試合を繰り広げた。小橋はセミの6人タッグで、田上、谷口と異例の円陣を組んで気合を入れ、気持ちのこもった126発のチョップを披露。最後は剛腕ラリアットからの体固めで佐野にフォール勝ちし、「(コメント)できない」と無念の思いを胸の内にしまいこんだ。GHCヘビー級のベルトを初めて手にした潮崎は「三沢社長のつくったGHCベルトをなくしてはいけない。もっと良くしていきたいし、社長に見ててもらいたい」と号泣した。 百田副社長は「(三沢さんは)肩がキツいと言っていた」と語り、ノア関係者は「肩、首、腰、ひざと体はボロボロだった」と明かした。K―1や総合格闘技が人気を集める中、プロレス人気は低迷。テレビ中継は打ち切りが相次ぎ、観客動員でも苦戦を強いられた。だからこそ激しい試合を見せなければならないと、三沢さんは社長業と掛け持ちでリングに上がり続けた。新体制については22日の後楽園大会後の役員会で話し合われる予定だが、潮崎は「社長のように体がボロボロになっても悔いが残らないようにしたい」とキッパリ。ノアの誰もが、三沢魂を継承していく意思表示の言葉だった。
2009年6月15日付(スポニチ)
続きは・・・http://www.sponichi.co.jp/battle/news/2009/06/15/01.html

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