2007年11月18日日曜日

アトムと私 シリーズ

(15)迫る別れ、不安はあるが…
   共に学んだ経験 生かしたい

「アトムだけど、来年もう10歳になるよね。もうそろそろ引退させたいのだけど……」

 9月末、アトムを貸与されている京都市の介助犬訓練所から電話があった。アトムは10月28日に9歳の誕生日を迎えた。私に介助犬と暮らす希望を与えてくれたシンシアは、12歳の誕生日直前に引退した。アトムにも引退の時期が迫っている。

 「アトムと出会っていなかったら、今はどんな生活をしていると思いますか」

 電話を受けて間がない10月4日、講演先の岐阜市の小学校で、6年生の女児から質問された。「家から出るのが怖くて、大学に行かなかったかもしれないし、一人暮らしはもちろん、仕事もしていないかもしれません」と答えた。

 アトムは車いすに乗る私を、家の外の世界に連れ出してくれた。アトムなしで生活できるのだろうか。部屋で車いすから落ち、携帯電話に手が届かなかったら。物を落として誰もいなかったら……。考えるだけで、不安が膨らむ。

 しかも、新しいパートナーと出会うのは、そう簡単ではない。

 厚生労働省によると、介助犬は全国に40頭(10月1日現在)しかいない。特定非営利法人「日本介助犬アカデミー」(横浜市)の試算では、介助犬を希望すると推定される障害者は1万5000人に上るという。

 介助犬の訓練所は国内に24か所あるが、最多の育成実績を持つ「日本介助犬協会」(東京都八王子市)でさえ、育成できるのは年間4頭程度。現在、訓練中の犬が3頭、家庭で飼育されている候補犬が9頭いるが、うち介助犬と認定されるのは2~3割程度という。しかも障害の度合いや相性と合致しないと、介助犬と暮らすことは難しい。

 1頭に250万~300万円かかるとされる育成資金も不足している。同協会事務部の明地(あけち)久理子主任は「協会の活動資金の約7割は寄付金で賄っており、訓練士を3人雇うのがやっと。介助犬希望者のニーズに十分に応えられていないのが実情」と話す。

 近い将来、介助犬と暮らすことが難しくなる時が来るかもしれない。不安は尽きないが、アトムと一緒に学んだ社会経験を生かし、自分の生活を築いていきたいと思う。

 アトムとの生活を始め、取材を受けることによって、マスコミの力を実感した。身体障害者補助犬法の施行前、恐る恐る入店を尋ねると「あぁ、新聞で読んだよ。どうぞ」と言ってくれた岐阜県内の飲食店主のことが忘れられない。

 あの喜びを、今度は自分が伝える側として、見落とされている社会の問題に光を当てられるような記事を書きたい。その道に向かって、アトムとともに歩んでいきたい。(おわり)

(2007年11月3日 読売新聞)

続きは・・・http://www.yomiuri.co.jp/feature/atom/fe_at_07110301.htm

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