2007年11月18日日曜日

アトムと私 シリーズ

(8)「日記」への反響 励み
   海外から応援/出産報告も

<女満別(めまんべつ)空港(北海道)に降り立つと、藤田扇(おうぎ)さんと介助犬歴10年のマークが出迎えてくれた。アトムとマークは鼻をすり寄せごあいさつ>

 2005年2月20日の読売新聞中部版に掲載された「アトム日記」の一節だ。大学入学から大学院修了までの6年間、毎週日曜日に学生生活を500字ほどでつづり続けた。

 日記のテーマの多くは、電車の移動で悪戦苦闘したことや、学生やアトムに助けられたことなど、ささいな日常の出来事だった。

 公務員の藤田さんとは、介助犬使用者の会のリストを見て、私がメールを出したのがきっかけで知り合った。北海道旅行のアドバイスをしてもらおうと思ったのだが、ついには旅行先で落ち合い、藤田さんの別荘で温泉にも入れてもらった。

 日記はインターネットで公開されたため、国内外から多くの反響があった。

 洗濯機から洗濯物を取り出すのをアトムに手伝ってもらったが、干すのには苦労したことを書いた。すると手に障害がある女性が〈洗濯後、1分弱乾燥機に入れると、しわ伸ばしが不要になる。干す時は、曲げた針金を取りつけた棒を使っている〉とメールで伝授してくれた。

 アメリカ在住の日本人女性からは〈障害を持つ方にとってストレスの多い不便な日本の状況を、皆さんに遠慮せず伝えてください。そうしないと何も変わりません〉と、激励のメールをもらった。介助犬の訓練士になりたいという中学生からは〈訓練士は大変だと思いますが、ますます興味がわきました〉とのメールが届いた。

 顔は見えないが、読んでくれる人がいる。毎週やってくる締め切りはつらかったが、介助犬との生活を伝える機会を大切にしたいと思った。

 私と同じ障害を負った埼玉県の主婦又野亜希子さんから、直筆の手紙をもらったのは05年6月のことだ。埼玉県所沢市の国立身体障害者リハビリテーションセンターで、私のことを看護師さんから聞いたという。

 <04年7月、私も交通事故により、頸髄(けいずい)を損傷しました。結婚2年目の事故。子供が欲しくてこれからというときに……>
 メールのやりとりを始めて半年後、うれしいニュースが入った。〈実は今妊娠しているんです。こんな私でもお母さんと認めて宿ってくれたのかな?〉。06年5月、又野さんは体重2300グラムの女の子を出産した。
 難しいとあきらめたくなることは多いけれど、道が開くこともある。日記を書き続けたことによって、より多くのことを学ぶことができた。

(2007年10月25日 読売新聞)

続きは・・・http://www.yomiuri.co.jp/feature/atom/fe_at_07102501.htm

0 件のコメント: