2007年11月18日日曜日

アトムと私 シリーズ

(12)私にしかできない取材を
    「同期並みに」では焦るだけ

 「中署で窃盗事件の発表だって」

 朝、家を出る時、会社から携帯電話に連絡があった。急きょ、名古屋市中区の愛知県警中署に向かった。

 あと30分もない。タクシーの乗り降りにも時間がかかる。やっとの思いで到着すると、2階の記者クラブは他社の記者でいっぱい。すでにパソコンを開いて原稿を書く準備をしている。私は隅の方でメモを取るのが精いっぱいだった。

 私は両手の握力がまったくなく、指も第2関節から内側に曲がってしまっている。ペンは右手の人さし指と中指の間に挟み、固定する。パソコンのキーボードは右手の薬指1本で打つ。何をするにも時間がかかる。

 発表が終わると、押収した証拠品を6階で撮影できるという。他の記者はさっさと階段を上っていく。

 私がエレベーターを待っていると、撮影を終えた記者が階段から下りてきた。6階で写真を撮り、記事を送信し終えたころには、ほとんどの記者はいなくなっていた。

 夏の高校野球愛知大会の取材では、球場の段差に悩まされた。

 5回戦と準々決勝が行われたナゴヤドーム(名古屋市)は、1997年開業の新しい施設だが、記者席は階段状だった。結局、同僚記者に記者席での取材を頼み、私は車いす用の観客席でスコアをつけ、試合後に選手の話を取材した。
 
 愛知県知事から100歳を祝う表彰を受ける名古屋市の伊藤正雄さんの取材では、玄関前の階段で、長男の秀成さんとタクシーの運転手さんが車いすを持ち上げてくれた。「うちには初めての、車いすに乗るお客さん。何とかしたいと思った」と秀成さんは話した。

 しかし、事件現場ではこうはいかない。

 入社して約1か月後の5月、愛知県長久手町で拳銃を持った男が自宅に立てこもる事件が起きた。同期の新人記者2人は現場に急行したが、私は会社に残った。2人は現場を肌で感じ、生の声を取材できる。「現場に行きたい」という思いと、「行っても仕事ができない」という思いが交錯した。「会社でできることを精いっぱいやろう」と先輩から指示を受け、現場近くの住民に電話をかけて様子を取材した。

 事件が起きるたびに現場を走り回り、経験を積んでいく同期を横目に、気持ちは焦るばかりだ。そんな私の心を見透かしたかのようにある日、上司が言った。

 「同期と同じようにやろうとしたら焦るだけ。じっくり構えて、自分は何ができるかを考え、取材に生かすことが大切だ」

 〈ハンデは承知で選んだ道。自分しかできない仕事をきっと見つけてみせる〉。自分に今一度そう言い聞かせた。

(2007年10月31日 読売新聞)

続きは・・・http://www.yomiuri.co.jp/feature/atom/fe_at_07103101.htm

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