2008年1月3日木曜日

難聴者恐喝事件 塀の上を歩かせる判決 /滋賀

1000万円以上脅し取った被告、被害者が望んだ「執行猶予付き」
 三つの偽名を使い、暴力団を名乗って執ように電話を繰り返す--。10月末、女性から1000万円以上を脅し取った恐喝事件の判決公判が大津地裁であった。2年近くも女性を脅し続け、実刑が相当との見方もあった被告。しかし、被害者側が望み、司法が選択したのは「執行猶予付き判決」だった。事件の裏側に、いったい何が隠れていたのだろうか。【近藤希実】
 ◇一歩間違えれば、内側へ--罪の重さをかみしめて
 ◆裁判官の沈黙◆
 10月30日午後3時すぎ。大津地裁の第21号法廷で、大崎良信裁判官は求刑通り「被告人を懲役3年に処する」と告げたきり、押し黙った。約30秒。ようやく「刑の執行を5年間猶予する」と言い渡した。
 被告は、恐喝と同未遂罪に問われたトラック運転手の男(38)。
 男は約5年前、携帯電話の友人募集サイトで自分を女性と偽り、会社員の女性(26)と友人に。しばらくして「いい男友達がいる」と紹介し、男自身が二つ目の偽名を使って女性と会い、交際するようになった。さらに、女性が交際を他人に知られるのを嫌がっていることを知ると、男は第三の名前で暴力団を装い、恐喝した。
 脅し取った金は約1年9カ月で計1300万円。「ヤクザ行かすぞ」「親分に渡す金がいるんや」。1月の逮捕直前まで、恐喝電話は続いたという。
 ◆難聴の被害者◆
 職に就き社会経験も長い女性が、なぜ大金をだまし取られたか。不思議がる捜査員に、父親(48)は「娘は難聴だ」と告げた。補聴器を着けていても、女性は偽名を使う男が同一人物だと、電話では判別できなかった。
 公判で男は知らなかったと主張したが、女性が常に着けている補聴器に本当に気付かなかったのか、疑問が残る。
 さらに、父親は「突然『自分はヤクザ』と言われても普通は信じない。でも、ろうの人はそんな悪意に接する機会も少なく、驚いて信じてしまいやすい」と約1時間かけて捜査員に説明したという。
 実際、県立聴覚障害者センター(草津市)には、家庭も仕事もある男性が弁護士を名乗る男に大金を払わされたなど、相談が時折寄せられる。また、インターネット上の「オンラインゲーム」の広告収入をうたうマルチ商法や、福祉機器販売会社による出資金詐欺など聴覚障害者を狙った事件が近年、相次いで表面化。手話で勧誘する悪質な手口が多かった。
 しかし、同センターは「警察や教師が『社会ルールを知らないことや、手話だけで信じること自体、理解できない』と言うのをよく聞く」と理解が浸透しない現状を嘆く。
 ◆早期決別の願い◆
 そんな中、被害者側が選んだのは、早期の弁償と事件との決別だった。男の両親が工面し、1100万円は既に弁償されたが、残額は男が働いて毎月10万円ずつ支払う約束に。父親は「服役後の弁償では、付き合いが長くなってしまう」と検察官に伝える一方で、心境は複雑だった。「決して許せない。なのに執行猶予を望まざるを得ないなんて」
 判決文の冒頭で沈黙した大崎裁判官は、判決理由を述べた後、男に言った。「被害者の苦痛を思うと、『刑務所に入れずに済ますのは、いけないことでは』との思いが今も消えない。決して許しているわけではない」
 執行猶予の5年間。ひとたび愚行に走れば、「塀の中」に落ちる。それは長い間、細い塀の上を歩かせ、罪の重さを知らしめる判決だった。
毎日新聞 2007年12月15日付
http://mainichi.jp/area/shiga/report/news/20071215ddlk25040574000c.html

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